プラトンのイデア論とは?わかりやすく解説!

プラトン 人生

こんにちは。
哲学大好きマンのれたおです。
今回は、プラトンとイデア論ついて解説します。

プラトンは、西洋の3大哲学者の一人で、ソクラテスの弟子にあたる人物です。

ソクラテスについては、彼の考えの主となる「無知の知」も合わせて、
下記の記事でまとめています。
プラトンという人物をより理解できるので、こちらもおすすめです。
ソクラテスの哲学について、わかりやすく解説!無知の知、問答法とは何か。 | れたおの哲学ブログ (reo-66.com)


プラトンは、イデア論で有名ですね。
また、哲学者が政治をおこなう哲人王思想や、学園を創設して哲学を広めるなど、
西洋哲学の繁栄に大きく貢献した人物でもあります。


そんなプラトンの生涯は、どのようなものだったのでしょうか。
そして、世界をどのように解釈し、伝えていったのでしょうか。



プラトンの生き様にも、現代を生き抜くにおいて、
大切なヒントがあるので、一緒に学んでいければと思います。


それでは、今回もよろしくお願いします。

哲学者でありレスラー!?文武両道のカリスマ!

カリスマ

プラトンは、アテナイ最後の王である、コドロス王の血を引いており
当時の名門家では、文武両道を是としていたため、体育も奨励されていました。


そのためプラトンは知育教育のみならずスポーツも教わることとなり、
体格が立派だったため、レスリングの大会にも出場する選手だったのです。


まさに文武両道のお手本であると言えますね。



そんなプラトンは紀元前427年に生まれており、
ソクラテスを師として、哲学や対話法などを学びつつ、政治家を目指していました。


しかし、当時の民主化された政権が恐怖政治をおこない、その惨禍を目の当たりにすると、
現実の政治に幻滅し、政治への直接的なかかわりは避けるようになったのです。

特に、彼の死であるソクラテスが、公開裁判により、
民衆から死刑の宣告を受けて、死刑に処されたことが大きな要因でした。



その後、師であるソクラテスを主要な語り手とし、対話で構成された、
「ソクラテスの弁明」「国家」などの著作を執筆しています。


他方でプラトンは、執筆活動をおこないながらも、40歳頃の時には、
アテナイの北西部の郊外である、アカデメイアに学園を設立します。

その後、場所の名である「アカデメイア」がそのまま学園の名前となり、
哲学や数学、政治学、天文学、政治学などが教えられるようになったのです。

そこでは対話を中心とした、生徒と教師の問答によって教育がおこなわれており、
プラトンが、師匠ソクラテスの「問答法」を大事にしていたことがわかりますね。


そして、60歳頃にアカデメイアに入学したアリストテレスに対して、
20年に渡り教育をおこない、80歳で亡くなっています。


プラトンの人生を見ると、実際に死去するまで、執筆活動を続けながらも、
アカデメイアで教鞭をとる「学問」への姿勢は、尊敬せざるを得ません。

そんなプラトンは、まさに哲学者らしく、
「生きるとは何か」「正義とは何か」「善とは何か」といった、
数々の疑問に対して正面に向き合い、イデア論という理論を完成させた人物です。


では、そのイデア論とはどういうものなのでしょうか。

この世は空虚!?この世の全てはイデアのコピーである!

世界の神秘

プラトンは、師匠ソクラテスの思想を受け継ぎ、
あらゆる物事について徹底的に考えていきます。

その中で、なぜ人間が、「見えないもの」に対する感覚を、
みんな等しく持っているのか
について、疑問に思い始めます。


例えば、「美しい」という、目には見えない感覚があります。
美しいと思う対象は人それぞれですが、
人は何かを基準にして、目の前の物質を「美しい」と判断しますよね。


その基準は、誰かから教わってきたのでしょうか。
あらゆる物質が「美しいもの」「美しくないもの」に事前に分けられていたのでしょうか。

もちろん、そんなわけないですよね。
そもそも「美しい」と思う感覚すら、教わったことがないと思います。



ならば、どうやって人は「美しい」という感覚を持ったのか。
それは、「人は生まれる前に、イデア界で本物の美を見ているからだ」と、
プラトンは提唱したのです。これが、イデア論の前提となります。


ご理解できましたでしょうか。
よくわからない人も、多くいらっしゃると思います。

もう少し詳細に解説しますと、
この世とは別の、イデア界と呼ばれる世界に物質の本物の姿があり、
その本物を見てから、人はこの世に生まれます


そして、本物に似たこの世の物質を見ることで、
本物を見た記憶が思い起こされ、本物を見た時の感情を、物質に重ねてしまうのです。


これが、イデア論になります。
この世の物質は全て、イデア界にある本物のコピーと言うこともできます。


そう言われてみれば、そんな感覚にもなりますよね。
生まれる前の記憶なんて、ほとんど無いですから確かめようもありません。


そんな、現実とは別の世界に本物があるというイデア論は、
プラトンの著作によって広まっていきます



ところで、プラトンは何故イデア論を完成させて、
世の中に広まるように、著作に残したのでしょうか。

プラトンは物事の本質を大事にする人格者のため、
決して名誉が欲しいなどではなかったはずです。


実はそこに、プラトンの思想の根底にある、「未来への想い」があるのです。

国は、善なる哲学者が統治すべき!

プラトン

プラトンは、前述したとおり、若いころは政治家を目指していましたが、
当時の民主政権がかなり偏っていて腐敗していたため、政治家を諦めています。


しかし、その情熱を哲学に向けて、「生きるとは何か」等の問答を続け、
最終的には「国とはどうあるべきか」「統治者はどうあるべきか」という、
国を統べる人間の本質についても、探求していったのです。


その本質は、プラトンの思想の中で大事な考え方である、
「善」という概念がもとになっています。


プラトンが考える「善」とは、我々が考える「善」と全く違ったもので、
「善き行動」や「人助け」などの事を指しているのではなく、
いわば「神」という概念に近い考え方をしています。


イデア論からすれば、全ての物質には、目に見えない本質(イデア)があるので、
当然のごとく善のイデアも存在しています。

この善のイデアが、他のあらゆるイデアに対し、
善きものという性質を与える側面を持つ、理想のイデアと、プラトンは定義しています。


そして、「善のイデアこそ、学び知る最大のものである」と述べ、
哲学を通して善のイデアを知り、我々への導きとして生きるべきと結論付けています。


善のイデアによって、今我々が見ている物質に、
「美しい」「かわいい」等の良き性質が付与されているということは、
正に「神が美しく見えるように物質を作った」とも言い換えることができますね。


紀元前400年頃は、キリスト宗教も存在していないのに、
神様の概念に近いものを完成させている
プラトンは、まさに規格外です。


プラトンは自ら政治家の道を諦めましたが、
「国を善くするためには、善き為政者が必要」と考え、
その結論として、「善のイデアを知るものが、国を統治すべき」と考えたのです。

これを、「哲人王思想」と呼びます。


プラトンは、民主制を是と思わず、
一人のカリスマにおける絶対王政を提唱したのですね。


プラトンが政治への想い、国家への想いを綴ったのには、
首都アテナイが混乱を極めた政治体制にあったと考えられます。

善き政治とは何か?首都アテナイの混乱

選択


プラトンが20代中盤の頃には、首都アテナイがペロポネソス戦争で敗れ、
これまでの民主制が形を変え、三十人政権と呼ばれる政治体制に変化していました。


三十人政権とは、その名の通り決められた少数の団体における独裁国家です。
この政権は、設立当初では貴族や富裕層に受け入れられ、期待されていました。
アテナイが戦争で敗れたのは、これまでの民主制が原因だったと考えられていたからです。


しかし、この三十人政権は設立間もなく恐怖政治を敷き、
貴族や富裕層を粛清して財産を奪い、民衆を混乱に陥れます


そして、仲間内でも殺害が起こり、業を煮やした民主制支持派と内戦が勃発します。
結果、三十人政権は設立1年を立たずして崩壊し、アテナイは民主制へと戻ります。


プラトンは、こういった政治や世の中が混乱している真っただ中で、
哲学や政治を学んでいたため、「国とは何か」「善い政治と何か」を、
必然と考える環境にいた哲学者だったのです。


そんな政治状況を変えようと、ただひたすらに理想の国家を追求していく
哲学者たるプラトンの姿勢は、若い弟子の心を打ちます。


アカデメイアを通して、アリストテレスをはじめとする
数々の弟子に伝わり、西洋哲学を大きく広げる要因となったのです。


まとめ

プラトン

いかがでしたでしょうか。
プラトンの思想、哲学は理解できましたでしょうか。


プラトンは、自ら見い出した本質の世界・理想の国家を実現できるように、
自ら教育者となり、著述を通して後世に託しています。


「未来の繁栄」のために、自らの人生を投じて、
哲学や教育に没頭する。なんともカッコいい生き様ですね。


私もそんなプラトンのように、未来の世界の繁栄に向けて、
自分ができることを少しずつやっていこう
と思いました。



今回は以上となります。
プラトンの哲学を通して、読んでくださったあなたの生活の一助になれば幸いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、またお会いしましょう。

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