ソクラテスの哲学!無知の知って何?

人生

こんにちは!
哲学大好きマン、れたおです。
今回は西洋哲学の祖、ソクラテスについて、わかりやすく解説します!


ソクラテスは、哲学を知っている人でも知らない人でも、
一度は名前を聞いた事があるんじゃないでしょうか。

彼は西洋哲学の基礎を築いた一人とされていて、
独自の考え方である「無知の知」や、「問答法」が有名ですね。


しかし、

  • 彼がどのように生きたのか
  • 世の中についてどんな思いを持っていたのか

については、意外と知られていないと思います。


私が、彼の生き様を知った時、「哲学者ってカッコいいな」と思いました。
過去の偉人の生き方は、複雑な現代を生きる我々にとって、参考になるものが多いです。


そんな西洋哲学の巨匠、ソクラテスの生き様について、見ていきましょう!

自ら死を選んだ哲学者!

ソクラテスの弁明

ソクラテスは、紀元前470年頃にアテナイ(現アテネ)で生まれたとされています。
その時代は古代ギリシア時代と呼ばれ、数々の哲学者が生まれた時代です。

ソクラテスは存命中に、彼自身での著述は一切おこなっていなかったため、
彼の死後において、弟子による執筆を通して知られています


当時、数々の識者と対話して、ソクラテスが賢者と呼ばれ始めたと同時に、
彼によって無知を指摘された人々やその関係者からは、敵対視されるようになります。

その後、「若者を堕落させた」など、いわれのない罪状で、公開裁判にかけられます。
そしてアテナイ500人の市民により死刑と断ぜられ、なんと死刑を受け入れるのです

その当時は、死刑判決だとしても、
牢番にわずかなお金を渡すだけで脱獄できてしまうくらい、緩い管理体制だったそうです。

それを知っていた弟子から、死刑までの猶予期間に、亡命をお願いされますが、
「単に生きるのではなく、善く生きる」意志と、自身の知への愛(フィロソフィア)を貫くため、
亡命という不正を選ぶよりも、自ら死を選んでいます。


死を受け入れるなんて、とてもかっこいいですよね。
そんな彼の信条である「善く生きる」ことは、「無知の知」が大きく関係しています。

「何も知らない」ゆえに、誰よりも知恵がある!

閃き

ソクラテスの思想である「無知の知」は、彼の弟子の行動によって始まります。

弟子のカイレフォンが、アポロンの神託所に居る巫女に対して、
「ソクラテス以上の賢者はいるか」と尋ねました。

その疑問に対し、「ソクラテス以上の賢者は一人もいない」と、答えられています。


しかし、「賢者ではない」ことを自覚していたソクラテスは驚き、
自分が賢者ではないことを証明するため、世間で評判の賢者に会い、問答を通して、
自身が賢者でないことを明らかにし、神託を反証しようと試みます

結果、彼は識者を自称する者との討論に明け暮れるようになります。
ソクラテスは、相手の考え方に疑問を投げかける「問答法」を展開していきます。

この問答法によって、賢者とされる人々と対話をしていくと、
ソクラテスは不思議なことを経験します。


それは、彼らが「自ら語っていること」をよく理解しておらず、
ソクラテスが、彼らにそのことを説明するようになっていったことです。


この経験を通してソクラテスは、
知恵があると言う者より、知恵が無いと自覚する者の方が、少し知恵がある」と認識し、
更にはその正しさに確信を深めていくようになります。これが、無知の知です。


この無知の知という考え方を通して、彼は数々の識者と対話しますが、
その中で彼は、彼が授かった神託についても考え始めるようになります。

彼は、「神託にあったソクラテスという名は一例であり、
神の真意とは、人の知恵の価値は、空虚に等しい」と思い始めます。


ソクラテス自身も数々の知識を得ているのに、
その知識全てが空虚(無)に等しいとは、なぜそのようなことを考えたのでしょうか。


その思いの背景は、彼の思想にありました。

世界の根源は、神のみぞ知る!

神

ソクラテスの思想は、西洋哲学の始まりとされるタレスのような、
唯物論(万物は物質である)の考えとは違っています。

彼は、神への尊敬と人間の知性の限界を前提とする、
比較的保守的な思想の持ち主
でした。


彼自身が皮肉屋だったこともあり、
「人間が世界の根源を知ることは不可能で、神々のみが知っている」
「人間はその身の丈に合わせ、節度をもって生きるべき」
と考えていたそうです。

これだけ見ると、少しネガティブな印象を持ちますよね。



そんな、皮肉屋で保守的な彼を有名たらしめたのは、
「無知の知」による、異常なまでの探求心と節制した態度にありました。


その態度とは、「半端なことを言ったり、大見得を切ったりせずに、
人間の知識の限界を見極め、それに合わせて善く生きようと努める」こと。


これは、現代風に言えば、強かで謙虚な人間と言えますね。

そんなソクラテスが、ありとあらゆる識者と討論し、
彼の投げた疑問に、識者は答えられずに沈黙していくのですから、
若者から支持を受けるのは、必然だったのかもしれません。


そして、彼の思想の中で印象的なのは、彼の考える「死」についてです。

「死」は災いではなく、幸福である!

幸せ

ソクラテスは、公開裁判で死刑に処され、亡くなっています。
その死刑の前に、弟子から「死後」について聞かれたときに、下記のように答えたそうです。


「死後のことを知っている者など誰もいないのに、人はそれを最大の悪のように恐れる」
「私は死後のことについては何も知らないかわりに、知っていると盲信もしない」



ソクラテスは、「死」を恐れていませんでした。
それどころか、「死」は一種の幸福であるとも言っています。
なぜソクラテスは、そんな発言をしたのでしょうか。


それは、ソクラテスが考えていた、
死後についての二つの説を見ればわかります。

  • 「死後」が虚無であり、全ての感覚の消失であるならば、
    それは人生において、夢一つ見ない熟睡した夜のような快適さがある
  • そして「死後」に冥府(地獄)に導かれるのであれば、
    そこで地獄の神々から裁判を受けることができ、問答することができる


ソクラテスは上記の2説から、死後はどちらにせよ幸福であると言っていたのです。


ソクラテスは自身の無知を自覚することで、死後について冷静に知ることができ、
どちらに転んでも、ソクラテス自身や善き人生を送ったものは、幸福であると知っていたのです。



このように、人々が問答無用で恐れる「死」に対しても、ソクラテスは、
自分が無知であると自覚して、冷静に分析し、知識を得て、自分なりの考えを出しています。


「自分は知っている」と認識せず、物事の本質を「知ろう」とする探求心は、
我々現代人にとっても、見習うべきものがありそうですね。



ちなみに、ソクラテスが有名になった理由としては、
もちろん彼の功績もありますが、彼の弟子であるプラトンによるものとされています。


プラトンは後の学校(アカデミー)となるアカデメイアを創設し、
その考えの師匠として、ソクラテスを多く取り上げて著作に取り入れています。


そこでソクラテスは、広く知られるようになっていったのです。

プラトンがソクラテスを取り上げなければ、
ソクラテスはただの皮肉屋で終わっていたかもしれませんね。

まとめ

ソクラテス

以上、ソクラテスについて解説してきました。
いかがでしたでしょうか?


冷静に物事を見極め、自身の生き方に活かしていくソクラテスの姿勢は、
本当にカッコいいなと思います。自分で死を選ぶなんて、到底できそうにありません。


しかし、「死を選ぶ」とまではいかなくとも、
「無知の知」を思い出し、物事を冷静に見極め、
自身の行動を決めることは、賢者ではない私にもできると感じました。


不確実性が高く、何が正解かわからない現代において、
ソクラテスの生き方は、人生を生き抜くヒントになるのではないでしょうか。


ここまで読んでくださった、あなたの生活の一助になれば嬉しいです。

それでは、またお会いしましょう!
ありがとうございました。

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